ヘッジホッグ、汗と涙のワーホリ物語No34
「ブリティッシュブリティッシュ」

小雨の中、自転車を走らせた僕は、"Love Day Road"に差し掛かった。こちらのどの家にもナンバーが書かれている。ちょうど、玄関あたりに付いていて、それを見落とさないようにたどっていくと行きたいお家にたどり着けるのである。通りに対して右側が偶数だったり、奇数だったりする。

そのマーヴィンさんのお宅は、この通りのちょうど真中あたりにあった。家の前には道を照らす電灯があり、曇った夕方にたった今、明かりが付いたところであった。僕は、自転車を電灯に立てかけ、ビニールに覆われた鉄心をぐるぐるに巻いてある頑丈なカギを自転車と電灯に巻きつけようとした。すると、その後ろで「良かったら、家の中に入れたらどうだい?」と一人の50歳近くの英人男性が僕に尋ねてきた。僕は振りかえると、彼は手を差し出してきた。
「やぁ、初めまして、私がマーヴィンだよ。」
彼は、ヒョロッとした感じではあったが、とても落ち着きがあり気品にみちていた。僕自身、こんなにイギリスイギリスした男性に出会うのは初めてといっていいほど紳士的な雰囲気をかもし出していた。

僕も手を差しだして握手をかわした。その場で、自分の自己紹介を始めようとすると、
「雨も降り出してきたし、中に入ろうか。」
と言い、彼は僕の自転車を5メートルほどお庭を通った玄関先まで引っぱていってくれた。

玄関に入ると、目の前にたくさんの壁に掛けられた絵が飛び込んできた。僕が関心そうに眺めていると、マーヴィンは、にこやかに話しかけてきた。
「この絵は、すべてデジタルコピーなんだよ。」
僕はその言葉を疑ってしまった。その絵の鮮明さ、本物と変わらないほどの色使い。しかし、いったい誰の作品なのか僕は興味を持ち始めた。
「とても絵がお好きなようですけど、誰の作品なんですか?」
僕は、物不思議そうに尋ねた。マーヴィンは、とても恥ずかしそうな表情を浮かべながらも、何か少し嬉しそうな声で答えてくれた。
「すべて、僕が描いたものなんだ。大学で、絵を教えているんだよ。」
「えっ!画家さんなの?!」
僕は、とても驚いた声で答えてしまった。まさか、画家さんのお宅にご厄介になるなんて今の今になるまで考えもしなかった。

小さい頃、絵を習っていた経験がある。ちょうど幼稚園の頃から小学校を卒業するまでだが、だからといって絵の心があるなんて決して人前では言えない。せいぜい物が描ける程度で、この絵がこうだとかこの色がね、なんて専門的なところはさっぱりわからない。だから、大家さんの絵を見ても、客観的にどこの場所の絵ですねとか、何色が多く使われている程度しか分からなかった。それでも彼の絵には、何か引きつける魅力が僕にはあった。

その絵の掛かっている後ろには、これまたたくさんの家族の写真が掛かっていた。ほとんどが白黒のものであり、その中に口ひげを生やした男性と5人の子供達、そのわきに一人の女性が座っている写真があった。この口ひげにネクタイ、ストラップをした男性はどうやら、マーヴィンの若かりし頃のようである。そうすると、そのわきの女性は、奥さんだろうか。そしてその子供たちであろうか。

マーヴィンは、つきあたりの部屋の扉越しに
「冷えたでしょう。暖かいものを入れるが、コーヒーと紅茶、どちらがいい?」
と尋ねてきた。僕は、その言葉を聞いて我を忘れている自分に気がついた。

部屋の中に入ると、奥さんが立っていた。名前はニコル。そう、ウェンディ―からもらった紙に書かれた女性である。僕たち三人は、クッキーとミルク入りの紅茶を飲みながらいろいろと自分たちの紹介から将来の夢まで交えながら談笑を2時間近くかわした。そして、もちろんこのおうちにご厄介になることに決めた。

年代物のカメラから最新物のデジタルカメラまでが棚に収めてあり、昔おなじみのブリキでできた壁広告などたくさんのアンティーク物が壁に飾られていて、庭にはたくさんの花と小さな池が設けられている、とても落ち着いた雰囲気に包まれたイギリスの自分にとってもう一つ違った生活がスタートする事になる。それは、改めてこんな生活もあるのかと考えてしまう瞬間でもあった。

つづく



ヘッジホッグ、汗と涙のワーホリ物語 Indexへ