ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.14
「九日目(2002年7月18日)」

今朝は早起きしなくては行けない。7時にロビーに集合なのに、朝食は6時半からなので。私達はばか正直に6時半に行ったのだが、他の客は6時半前から食べていたようである。なんだ、そうすればよかった。

で、7時にロビーに集合してまたバスに乗ってウランバートルの駅へ。8時の列車に乗るからである。またまたシベリア鉄道である。ガイドさんにチケットをもらって、さようならを言って列車に乗り込む。今度は車掌さんも中国人のおねえちゃんだし、内装もちょっとイイ感じ。石鹸やテイッシュのアメニテイセットも置いてあるし。絨毯も厚みが増しているし。今回は同室者がいた。同じツアーだった イギリス青年である。私達はいいけど彼は女の中に男が一人でお気の毒…。

再びシベリア鉄道の旅がスタートした。列車が動き出してしばらくするとサービスでお弁当が配られた。う、嬉しい。
鶏肉丼(鶏肉を茹でて味付けしたものとご飯の組み合わせ)だったが、まあまあおいしかった。車掌さんによるお茶入れサービスもあったりして。実はこれは有料で、降りる前に請求されるのだが。

モンゴルは砂漠のある国なので実はらくだがいる。それがなんと車窓から見えると言う。同じ車両のドイツ人のおばちゃんが 
「ほら、あそこ」
と言い一生懸命教えてくれるのだがなかなか見えない。なんとか遠くにらくだらしきものが見えたけれど。でも、まさか駱駝が見れるとは思わなかったわ。

今夜にはまた国境越えがある。今度は中国に入るのであるが、前回のようにトイレで苦労しないために作戦を立てた。まずは食堂車に行き早めの夕食を取る。食堂車は現在走っている国の食堂車が連結されるので、今はまだモンゴルの食堂車である。モンゴルの食堂車では支払いが米$で可能なので、やってきたのだ。(ウランバートルでモンゴルのお金は換金してしまったから)チャーハンのようなものを食し、水を飲んでおしまいにした。この後は中国の国境駅を出るまで飲食しないことにした。夕方5時のことである。コンパートメントに戻ってからも、何回もトイレに通った。念には念を入れて。まあ自分でもちょっと神経質かなあとは思ったけれど。YちゃんMちゃんもかなり用心していたのだが、Mちゃんが最後のトイレに行こうと思った時、なんともうトイレがロックされていた…。げ、げ、げ…。

モンゴル国境に8時半近くについて、出国手続き等をして今度は中国の国境駅に。手続きの後、ちょっとした見物が。中国からは列車の軌道が違うためここで列車の車輪を取りかえるのだ。お客さんを乗せたままで。列車が倉庫のようなところに入り、いよいよ始まった。車掌さんが私達のコンパートメントに入ってきて絨毯をめくると、床の一部を開けた。そこの穴の部分に列車を支えるギャッチがはいるのである。列車を支えると車輪を取り外し、そのまま列車は上に上にと高く上がっていく。かなり高くなったところで大胆にも新しい車輪が横から勢いよくどーんとぶつかってきて、今までの車輪を後ろに押しやってしまうのである。いいのか、こんなに荒っぽくて…。そして車両を下げて車輪を取りつけ、支えのギャッチをはずしてできあがり。

この後、列車は倉庫を出て国境駅に戻ってきた。そこからがまた長くて後ろに戻ってがっしゃんと車両をとりつけてちょっと進み、また後ろに戻って取りつけて、といった具合なのである。いつまでかかるのか乗客には予想がつかなかった。列車のお客はみんなかなりトイレに行きたそうだった。もう真夜中である。Mちゃんもとても辛そう…。トイレに行くつもりでその前に紅茶を飲んでいたから余計である。あの時トイレにさえ行けていれば何の問題もなかったのだけれど。 どうなるのかと思ったが、Mちゃんは幸運にも駅に降りてそこのトイレに行く事ができた。列車が発車したらどうしようとヒヤヒヤしながらだったが。よかったねえ。実は私も前回の国境越えで、ロシア国境駅を通過した後お茶を飲んでしまいモンゴルの国境駅で死ぬほど辛い思いをしたのである。あんまり詳しく書くのもなんだけれど、とにかくハードだった。

さて、他の乗客達は混乱していた。車掌さんは英語が話せないので「あとどれくらい停車しているの」「何時に出るの?」という質問に対する明確な答えをくれないのである。車掌さんが言った「TWO」という単語が「あと2時間は停車している」と解釈する人もいれば 「AM2時に発車するらしい」と意味を取る人もいて…。ご近所のコンパートメントの西洋人のおねえちゃんも トイレに行きたくてしかたない様子だった。後2時間止まっているらしいからといって一回下車したのだがすぐに戻ってきたので「どうしたの?」ときいてみると「もう発車するっていわれたのよ。みんな言う事がばらばらで…。誰も正しい事を教えてくれない!」と、憮然としていた。本当にねえ…。

結局、深夜の2時近くに列車は動いた。Asatonもこれでやっと安心して水を飲むことができた。辛かったー。脱水になりかけてたよ。これじゃ、具合を悪くする人がでてきちゃうよ。国境越えって大変。

つづく


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